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インドの記憶3 チャンディーガル

  • 執筆者の写真: Hiroo Mizushiro
    Hiroo Mizushiro
  • 2021年1月12日
  • 読了時間: 3分

更新日:2021年1月13日

インド北部にチャンディーガルという都市がある。


建築を学ぶ学生たちは必ずこの名前を聞いたことがあるはずで、その未知なる名の響きは、さらに未知なる場所を想像させる。若き日に手に取った建築写真は白黒で、どこかタイムレスな、深い陰影を持った建築群の迫力に圧倒され、果たしてこんな場所に行くことができるのだろうか?と感じたことを覚えている。そして、どこか神聖な場所のような錯覚を、長年行けないでいると抱くようになる。


そのような思いで、ようやくインドに行くことができて、チャンディーガル行きのバスをターミナルで探していた時に、バス停で「チャンディガー、チャンディガー!」とその名を連呼していたのが印象的であった。それはまるで日本でいうところの屋台の 「安いよ!安いよ!」という掛け声と同じであったからだ。これまで、少しずつ自分の中で勝手に神聖化されてきた「チャンディ―ガル」という名は、この運転手の呼びかけ声一つで、一気に現実のインドの街へと引き戻された。アムリトサルからローカルバスでおよそ6時間かけて、「チャンディガー」へと向かった。


そんな変わった名前のこの都市はフランスの建築家、ル・コルビュジェとピエール・ジャンヌレにより計画されたもので、この都市計画はインドの中ではかなり特異である。

街路は均等なグリッドで構成され、47のグリッドに分割される。各グリッドはセクターとよばれ、例えばセクター10Aなどと呼ばれる。グリッドの交差部分には円のジャンクションがある。ここをぐるぐる回りながら、目指すところへ向かうわけだが、俯瞰してみる分にはいいのだが、均等に分割されたグリッドの中に入り、ジャンクションでぐるぐる回されると、果たして自分がどこにいるのか、方向や位置感覚を見失ってしまう。どのジャンクションにいるのかも、それぞれのジャンクションにあまり特色がなく、正直わかりずらいので、まるで迷路に入り込んだように錯覚してしまうのだ。


このブログのどこかでも書いたが、シムラーからこの町に戻ってきた夜に、ホテルまでリキシャで帰ろうと思い「セクター45Aまで」と伝えたところ、「セクター52」なる場所へ連れていかれ、思わず怒ってしまったのだが、(その時には気づかなかったが、セクターは47まで、である)この町のリキシャマンも、まったくその場所を理解していないのかもしれない。


ここで私ごときがその都市計画の是非を問うつもりはないのだが、私がそれまで訪れたインドの街と比較しても、この都市の幾何学的な整然さは対照的で、果たしてインド人にこれは受け入れられたのだろうか?と感じざるを得なかった。しかし、国際的に有名な都市に住んでいる、というのは彼らにとっては一つのステイタスでもあり、実際にここの住人たちは階層比較的裕福な人間が多いようだ。多少の不便さはあるものの、満足しているのかもしれない。また人々はこの都市に敬意を持ち、大事に扱っているようにも感じた。


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(チャンディーガルの市庁舎より議事堂方面を臨む)


北部には標高2300mの都市、シムラーがあり、さらに向こう側はヒマーチャル地方呼ばれ、ヒマラヤ山脈がそびえたつ。広大なスケールの厳しい自然環境が展開するその手前で、チャンディーガルは、人間が住む環境として整備され、安心感を感じる場所でもある。ルールに乗ったほうが、人々は暮らしやすく、また安心して生きてゆくことができるということは、特に日本人は理解しやすい部分だ。


厳しい自然と、整然とした都市の両方を行き来できる環境下であれば、その幾何学的な窮屈さよりも、グリッドの中に納まる安心感を得ることができる。それがこの都市では感じられる。

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(標高2000Mの都市シムラー。向こうにはヒマラヤ山脈を臨むことができる。)

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(ヒマラヤ山脈を見ながらコーヒー、、、寒い!)

 
 
 

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