インドの記憶4 打ち捨てられた仔犬
- Hiroo Mizushiro

- 2021年1月13日
- 読了時間: 3分
インドでは様々な場所を見てきたが、その中でも忘れられない光景がある。
あれは確か、居住地のムンバイから北インド方面へ出かけた冬のことだ。ムンバイは冬でも日中は30度を軽く超えるので、正直冬という感じは無い。それでも夕方には夏場に比べると涼しくなるので、最も過ごしやすい時期になる。
しかし、ムンバイよりだいぶ北に位置するデリーは、冬はそれなりに寒く、人々も厚着をしており、駅近くでは集まって焚火で暖を取る風景も見られた。私はムンバイからまず飛行機でデリーに行き、そこからアムリトサルやチャンディーガルに行こうとしていた。その前にデリーで数日とって、デリー周辺や、ファティブル・シークリーという赤い石でできた寺院、もちろんタージマハルなどもできるだけ見ようと計画していた。
アーグラー周辺でホテルに泊まり(やたら塩っぽいシャワーが出るホテルで、海水で洗ったように髪がゴワゴワになった。)早朝にバスロータリーで目当てのバスを探しに行った時だ。あたりはまだ暗く、寒い。ロータリーといってもそこは舗装も何もないただの広場で、木枯らしの中で砂埃が舞っているような場所だ。
その暗闇の中で一匹の子犬が、ポツンと寝ていた。最初はそう思った。インドでは至る所で犬が寝ているからだ。しかし、周りには隠れるところも何もない、何時、轢かれてもおかしくないような場所で、一匹で寝ているのは少し不自然であった。私は、目を凝らしてじっと見つめた。後ろから見ていて顔は見えない。暗闇の中、犬はその中でピクリとも動かない。私はしばらく見つめていた。しかし轢かれたわけではないだろう。ケガをしているようにも見えなかったし、血も出ているように見えなかったからだ。しかし、どんな音がしても、風が吹いても子犬は全く動かなかった。
こんなちっぽけな子犬が、冬の、まだ暗い砂埃の舞う中で、大きなバスが行き交うバス広場の真ん中で、おそらく、事切れている。周りのインド人は足早に自分たちの行きたい方向に行き、見向きもしない。子犬がなぜここにたどり着いたのか、どこかへ行こうとしていたのかはわからない。ただ、ここで力尽きてしまったのか、もはや動くことがなかった。「死んでいる。」私はそう思った。犬に触ることもできず、顔を覗き込むこともできなかった。こんなに孤独な子犬の姿を、私は見たことがない。恐らく日本のような developed country ではこのような仔犬は一般の人の目には晒されないからだ。(ただそれは隠されているだけであって、もっとむごい目に合っている動物たちが多いのは周知のとおりだ)
そして私も、目的のバスを探すため、他のインド人と同じく、歩き始めた。
数年を経た今でも、私にはその子犬の姿が目に焼き付いて離れない。

(写真は、別の場所で撮った母親のいる仔犬たちだ。私がロータリーで見たのもこのような仔犬であった)


コメント